データルームという言葉を知らない方も多いであろう。これは、企業間でM&Aなどを行う際に、必要となるデータを集めた部屋のことを意味する。そこで、双方の関係者が必要な情報を交換する。当然、厳重な警備の下で運用される。最近、注目を集めるが、リアルなデータルームではなく、クラウド上に配置された仮想的なデータルームである。VDR(バーチャルデータルーム)とも呼ばれる。電子化することで、非常に柔軟な管理・運用が可能となる。さらに、セキュリティも強化され、安全なデータ共有が可能となる。
それを、知財へ応用したものがAOS DataRoom 知財デューデリジェンスである。いくつかの特徴をあげると以下のようになる。
図1 知財デューデリで行われる調査項目
こういった調査を確実・安全に行う必要がある。
佐々木氏は、具体的な事例も紹介していたので、あわせて紹介したい。製薬会社の例であるが、新薬を他社に売りに出す場合、急いで特許を取らないことが多い。その理由は、特許を取得すると逆に価格が下がってしまうのだ。一方、開発中である場合、非常に多額の費用が必要となる。しかも、開発中であれば、情報が外部に漏れることはあってはならない。しかしデューデリを行うためには、情報の共有はかかせない。
どうすべきか… こういった場面で、AOS DataRoom 知財デューデリジェンスが活躍する。
その後、実際にAOS DataRoomのデモも行われた。
新たな法律検索エンジンLegalSearch(リーガルサーチ)
佐々木氏が提唱する知財訴訟のためのリーガルテックであるが、その回答の1つが新たな法律検索エンジンLegalSearch(リーガルサーチ)である。従来の検索と大きく異なる。先に、デモを見てもらおう。まずは、図2のように、複数語を検索語として入力する。
図2 検索語を複数入力
リーガルサーチの大きな特徴は、複数の検索語に対し、重み付けを個別に設定できる。
図3 重み付けを設定
検索結果は、図4のようになる。
図4 検索結果
さらに、個々の検索結果を表示すると、図5のようになる。
図5 個々の検索結果
この新しい法律検索エンジンでは、従来のRDBは使用していない。従来の検索エンジンでは、必要なデータを探しにくい、関係ないデータが多数検出されてしまう、検索スピードが遅いといった問題があった。これらが、リーガルサーチでは改善されている。佐々木氏は、以下のようにも指摘する。
「リーガルサーチが何をしようとしているのか、国連の目標にもありますが、世界的には司法へのアクセスを自由にやれる方針です。しかし、日本はデジタル化が遅れていてまだ紙の世界です。紙でやり取りをしていることが圧倒的に多いのです。このデジタル化をいかに推進していくかが、実は日本の運命の分かれ道です」。
そして、リーガルテック社では、法務のデジタルトランスフォーメーションの支援を積極的に行っていくとして、発表を終えた。
知財が持つ価値をマネタイズへ−森康晃氏と語る
次いで、行われたのは、早稲田大学創造理工学部森康晃教授との対談である。
まず、森教授から「知財がもっとも効力を発揮するのは裁判などの場である」。との指摘があった。日本では有形資産については、マネジメントも多種多様ある。しかし、知財のような無形資産の管理となると、世界的に見て、後発国であるとのことだ。そこで、大学に戻り、知財についての知見を磨くことを決めた。
さて、冒頭の話に戻ると、実際、特許侵害などの裁判で原告側が勝訴するのは、21%ほどであるとのことだ。敗訴する理由であるが、原告側が過大に損害請求するなど、がめつくなってしまうことが理由である。それどころか、訴訟と取り下げ、原告の控訴が無効となってしまうケースも28%も存在する。これについて、森教授は、以下のように語る。
「特許を取れたら勲章だ、技術としてはスゴイということもあります。確かに技術としてはすばらしい点もあります。しかし、特許の取れ方によっては今度は大きなどんでん返しを食らって、損失を生み出してしまう可能性もあります。そこが特許の怖いところです。また今後は、それらを発展させていけば、マネジメント、利益を生み出す特許や知財を扱っていけるのではないかと思います」。
また、知財が持つ価値をマネタイズするためにはどういったことがポイントになるかという佐々木社長の質問に対しては、以下のように答えた。
「知財は知財としてまずはすばらしい点が源泉になります。しかし、知財権という権利になると非常に泥臭くなります。いろいろな戦略が絡んできます。世界各国の国家戦略にも関わってきます。中国の特許問題の件について、トランプ政権とは大変な米中摩擦になっています。世界的な問題になるのです。制度論、人間の利益、企業の戦略が絡んできて、データとしては特許庁の公開されているデータがあるんですけれども、それを事実として権利範囲をどのように取るのかが問題になります。無難に行くのか、それとも広げるのか?広げようとすると、既存の進歩性のある、新規性がある、先行技術、先行特許との兼ね合いで、本来の特許の非新規性が認められてしまいます。結果、後になって無効となり、分散してしまうこともあります。この「欲」。をどう適度にコントロールしていくかも、人間の価値判断という要素が絡んできます。
データプラス経験値がわかっていると、素晴らしいマネジメントができます。これは古い話になりますが、IBMの特許で、PPMがありました。昔のことで、PPMをご存知の方は少ないと思います。プロダクトポートフォリオマネージメントは、従来から経営であったものです。パテントポートフォリオマネージメントは、IBMでは非常に特許の多数の特許があります。そこで7人のPPMが、IBMが研究所が発明している特許を、すべていろいろ評価率から評価します。
そして、これを知らせるべきかどうか、またこれはどの程度ポートフォリオとして贔屓するのか、これは極秘と扱うか、といったことを管理していました。こういったことをやっていたこと考えると、やはりデータをどう読み解くかが重要です。また、弁理士の先生や、弁護士の先生のなかで、すばらしい経験と知見をお持ちの方がいて、その方の知識や暗黙知を活用して客観的にデータ解析をしていくか… AIとも絡みますが、AIに載せて使えるようにしていくこともこれからの課題だと思います」。
また、早稲田大学の知財の扱いや現状について、森教授によれば、早稲田大学はマンモス大学であり、理工学部の学生を中心に、その中で企業との共同研究を行っている。しかし、医学部を持っていない。そのため、日本の大学の知財収入のランキングで比較すると、残念ながら医学部を持っていないことが大きなマイナス要因になっているとのことだ。企業と共同研究をするなかで、早稲田はどちらかというと企業にまかせてしまう部分がある。研究に専念したいとかではないが、そういった部分があることも指摘していた。アメリカの金額と比較すると、早稲田大学全体知財のライセンス収入が400万円という金額はちょっと信じられない数字であろう。研究資金についても、国や民間企業の資金と比較すると、あまりにも少ない金額となっている。
この点について、佐々木氏は、以下の問いかけを行った。
「実際にいまこのAOSデータルームが一番使われているのはM&Aです。ベンチャー企業が使う場合は、投資を受ける際に使われています。結局、ベンチャーって何を持っているのか?というと、大学のベンチャーの場合は大学の知財がベースになっていることがあります。しかし、大学の知財がマネタイズされていないのが実情なので、これを何とかすることが重要だなと思います。それが森教授と一緒に共同研究をやりたいと思った一番の理由なんですけれども、わかりやすくいうと早稲田の知財を使ったベンチャーが生まれて、投資を受けようとして、数千万円〜数億円くらいの投資を受けることができたとします。がんばって2〜3年たって、バイアウトして、上手く事業を売り抜ければ、普通に考えると億単位の数字は軽く叩き出せるのではないかと思います。そうすれば今は知財をお金に換えることができていなくても、IPテックをうまく使えば、かなり劇的に改善できるのではないかと思いますが、そのあたりはいかがですか」。
少し長くなるが、森教授の発言を紹介したい。
「知財の価値算定は、論理的でなく、もの凄く高騰したり、かなり暴落したりすることもあります。人間の心理、企業心理が働いてしまうこともあります。具体的な事例では、2011年にGoogleが買収しようとしたカナダのIT企業ノーテルが倒産しました。4000件くらい知財が競りにかけられ、初めはGoogleが9億ドルくらいで応札しましたが、最終的にはいろいろな企業が参画して、マイクロソフトだ、アップルだと、みんな競り合って、最終的には5倍くらいの金額になりました。つまり、きちっとしたデータに基づいた理論的な価値判断で値段が決まる訳でないのです。これを論理的にきちんとやろうとすると、3つの要素を考える必要があります。技術的な要素と法律的な要素、そして、経済マーケット要素になります。これらはきっちり抑えないといけないとしても、実際の取引では、感覚的に決まる要素もあります。
私は産総研で知財のことをやってました。独立行政法人というおどろおどろしい名前が付いていました。その後、国立大学も入ってきなさいと言われ、あるいは産総研に通産省の工業試験所も含まれるようになりました。これは、橋本総理の行革のときに、役人の数を減らせ、功績者の数を減らせといった、数合わせの政治的要請がありました。全部のそういう中央官庁の研究所が、独立行政法人化しました。それで、どこが違うかというと、特許的なところで見ますと、法務大臣が特許を管理します。知財もそうです。つまり、それぞれの研究所がそれぞれのライセンスで稼ぐという仕組みになっていなくて、やはり国の金を投入したから、それは日本の企業のために安く使ってもらうのがスジであるというふうに、非常に安く知財が買えました。それが安く出されているなかでも、まだまだ日本がアメリカの技術に追い付け追い越せで、半導体であるとか、ソーラーであるとか、そういったものをバブリーに買っていました。高度成長しているうちにはまだライセンス収入が高かったんですけれども、それがバブルが崩壊し、アメリカとの貿易摩擦が発生します。どうやって縮小していくかというなかで、予算も3億円から3000万くらいに減りました。
そのタイミングで、ちょうど私が担当することになりました。北海道から九州まで8研究所ありました。それを自分の足で実際に回って、研究者と議論をして、そこで浮かび上がったのは利益なんですね。それまで法務省が管理していたころは、研究者に全然還元されていませんでした。独立行政法人になって、ノーディスクレクションというか、全然規制がなくなってしまいました。それぞれ、自分で考えなさいということになりました。それでは、利益配分の仕組みをどうやって導入するかという話になりました。この時点で、もうかなり遅れているんです。民間などではとっくに、どうやって発明者や研究者に利益を配分するかが企業との間で取り決めがありました。しかし、日本ではまったくありませんでした。そこで、その取り決めなどを導入しました。
アメリカとの兼ね合いでは、バイ・ドールという言葉が使われています。アメリカでは、バイ・ドール法と言いまして、「バイ」。と「ドール」。の二人の名前からつけられました。国の予算をつけた研究機関は、たとえば、NASAのように、国の予算で研究開発した成果は、国の予算であっても、権利はその機関に所属するという仕組みです。そうしないと、利益追求やモチベーションが起きないといった問題が発生します。
そこで、ゼロから導入したのは、研究者の利益、もう1つはライセンスポリシーです。ライセンスポリシーやライセンスは当然、企業にはありますが、大学も産総研も工場なんて持っていません。みずから生産する部署がありませんので、まずはライセンス提供となります。非常に基礎的な研究開発を行うなかで、どこに自分たちのライセンスを供与するのかになりますが、そういうことに非常にうとい状況でした。逆に、ライセンスフィーの取り方もわからない状況でした。ライセンスポリシーの心得としては、さわりの部分ですね、小分けをすることです。技術情報を中核部分と周辺部分に分けさせるという作業でした。
また、NDA(秘密保持契約)もできていませんでした。当然ながら、研究者は論文発表しているところに最大の見せ場がありますが、論文発表してしまうと、秘密とし扱えなくなってしまいます。企業秘密ということにして、お互い共有して、意見交換しながら、進めました。しかし、どうしても企業秘密的な部分は遅れがちになります。そうすると、時間がかかってしまい、せっかくの技術に新規性がなくなってしまいます。
また、ライセンスを受ける場合でも、どうやって個々の情報に金額を付けるか、それぞれの情報のセグメントごとに、いくらという値付けを行います。これ自体が、非常に時間がかかり、難しくなります」。
また、佐々木氏は、インセンティブの重要性についても尋ねた。
「今お話をいただいていて、すごく重要なヒントがあると思ったのですが、大学が知財で儲けられない理由は、機密情報を機密情報として扱っていないことが本質的な問題です。知的財産権をきちんと機密情報として先生方が意識しないので、知財で稼ぐことができない。さらに、最終的には個人のインセンティブがとても重要ですが、その仕組みもありません。
バーチャルデータルームは基本的に複数の人と合理的にデューデリができるように作られた仕組みです。値段を上げたいのなら、複数の人たちになるべく同じように開示して、その中で一番高く出してくれる人に売るのが合理的だと思います。IBMの事例ですが、IBMが巨額の赤字に転落していまい、利益を出すために、モノ作りはしないで、もっとも上流の知的財産権やソフト部門と、最後のサービスだけ残してあとは全部捨てる戦略を取りました。たとえば、IBMは、CPUメーカーとしては弱かったんですが、RISCチップという高速チップの基本特許を持っていました。普及しているCPUとは、互換性がなくても、高速で動作するCPUを作る優れた技術を持っていました。それがどこになら売れるかをリサーチして、ゲーム会社にそれを売り込みに行ったら採用されました。当時、任天堂とソニーがゲームのCPUにIBMのチップを採用したのです。ただし、CPUを自分たちで作ることはしません。東芝にライセンスを与えて、作るのは東芝です。
結果、知財と製造ノウハウだけを提供して、ものすごい高収益上げました。そして、知財のお金が何百億と入ってきたら、その開発者を調べて、ものすごい高額なライセンス料を辞めた社員も含め払いました。理由として、会社がそういうことをやるのを見せると、開発者のマインドが変わると。ノルマとして、特許を取らせる会社もあります。ところがいい特許を出して、それが使われてお金がもらえるとなると、話が違って、これを出したらいくらになるかを真剣に考えながらやるので、特許の質が上がるというのです。個人で発明で当たって、何十億をもらえるとしたら、目の色変わっちゃいますよね。それを徹底的にしたら、特許の質がグンと上がったというのですね。
これが知財でお金を稼ぐときに日本の視点として欠けているのではないかと思います。最終的にはお金の話って泥臭いんです。しかし、インセンティブ効果がないと皆やっぱりやろうとしません。そこがやっぱり日本が何とかしなければならない点かと思っていますが、いかがですか」。
これに対し、森教授は、以下のように答えた。
「知的財産というくらいですから、やはり財産なんですよね。特許や知財が法律や制度で守られる、守られると思っていてもそれが21%くらいしかありません。そのあたりの質をどう高めるかということに尽きるのではないでしょうか。ある技術の特許にしても、顕示範囲のところも、技術プラスアルファですが、ただプラスアルファし過ぎちゃうとどっかから狙われて、無効にされる可能性があります。そのあたりのギャンブル性がありますね。あるいは保険、insuranceといった方がいいですね。ある事故に対する損害保険という意味で、訴えられた時に備えての防衛特許という考えもあります。はたしてペイしているかどうかということで、一番効率のいい特許にしないといけません。
今は、特許を全く取得せずに、完全にクローズドでやるという戦略を取る企業もあり、特許を公開して、使ってもらうというオープン戦略も増えてきています。このような傾向は、色々と変遷するものですから、オープン戦略を取るのか、クローズド戦略を取るのか、また今度はクローズドにします。それでまたオープンにしていくなどと状況に応じて柔軟に戦略を変えていくことも必要です。」。
最後は、佐々木社長の話です。
「私はあくまで実業家です。先ほど、知財で泥臭いというお話がありました。しかし、実際には、事業や知財を売却するために、我々が一生懸命いろいろなデータを入れて、専門家に依頼して、適正な価格を査定します。しかし、実際の売買の交渉現場では値段は相対で決まります。いくらこの特許に10億円の価値があるといっても、相手がそう思ってくれなければ10億円は払っていただけません。結局どう決着がつくのかを見ていると、あまり論理的な方法では決まりません。折半するかとか、かなり感覚的に決まっているのが正直なところです。やはり懐事情や、どのくらいこの知財がないと困っているかとかで、値段はあってなきが如しで変動します。
アカデミックなことだけしていてもマネタイズはうまくいかない。だからといってあんまりお金、お金では駄目です。どちらにおいてもバランスがとても大事だと思います。私は、正しく査定を行うためには、リアルデータが必要だと思っています。いくらで知財が売れただとか、訴訟でいくら儲けたとか、いくらのロイヤリティを取っているかとか、こういうデータがないと、実はちゃんとした価値基準・判断できないのではないかと思います。
このような知財の妥当な値付けを、デューデリのためのプラットフォームとともに森先生と一緒にやっていきたいと思っています。大事なことは知的財産権が、ちゃんとお金に変わって、それが流通する世界をどうやって作っていくかが、我々が取り組むべきテーマではないかと思います。知財の流動化、活発に売買されることによって、市場が活性化していくのではないかと思います。そのためのテクノロジーがIPテックと思っています。本日は、どうもありがとうございました」。
《プロフィール》
◆AOSグループ代表佐々木 隆仁(ささき たかまさ)
1989年早稲田大学理工学部卒業。大手PCメーカー入社、OS開発に従事、1995年にAOSテクノロジーズ社を設立、代表取締役就任。2012年にリーガルテック社を設立、代表取締役就任。2018年に日本初のAPI取引所となるAPIbankを設立。2019年にJAPAN MADE事務局を設立、代表取締役就任。2015年に第10回ニッポン新事業創出大賞で経済産業大臣賞受賞。著書に『APIエコノミー』(日経BP)、『レグテック』(日経BP)、『リーガルテック』(アスコム)などがある。
◆早稲田大学創造理工学部森康晃(もり やすあき)教授
早稲田大学政治経済学部卒業後、1977年に通産省(現・経産省)に入省。同省で、1985年、コンピュータプログラムの普及に伴い、著作権で保護すべきか特許権で保護すべきかの政策的論争において、日本として世界をリードすべきプログラム権法を提唱。その後、海外で日本産業界と欧米の紛争処理や新中国の誕生に伴い海賊版対策等日本企業の権利保護を担う。産総研では、研究者の発明貢献度に応じたシステムを考案し、低迷していた特許ライセンス収入の増大を果たす。著書に『中国知的財産管理実務ハンドブック』(中央経済社)、『バイオ知財入門-技術の基礎から特許戦略まで』(三和書籍)、『日本商標法実務』(知識産権出版社)などがある。